2026.09.29
「その子」らしさを理解しようとするために
前回、子ども主体の保育って、
その子がその子らしくいられること。
その子らしさが発揮できる環境をつくっているかなと考えること。
と書きました。
たろうちゃんはたろうちゃんらしく、はなこちゃんははなこちゃんらしくいられているかなと考え続けることが子ども主体の保育においてはとても大事だと考えているのです。
でも、その子らしさの本当のところってわからない(私は自分のことだってわからない)。
わからないのに「たろうくんはこういう子だよね」「あそこの家の子どもだから、〜〜だよね」と決めつけてしまったら、その子を理解することは止まってしまう。
だからこそ、「ああかな」、「こうかな」と考え続けることが大事だと思うのです。
そして、その子らしさを理解しようとするためにとても大事なのは、
一緒にあそぶこと、共に生活すること。一緒にあそび、笑い、考えたり、試してみたり、時にはつらい思いに共感したり、としていく中で、子どもは安心して、自分を見せるだろうし、一緒にあそぶ距離感だからこそわかることがたくさんあるからです。
だから、子ども主体の保育とあそびはつながるのです。
子どもが一番、自分らしくいられるのは遊んでいるときが多いし、そのあそびの中で、保育者は「その子らしさって?」って考え続けて、子どもの理解を深めていくことができるからです。
私は昨年3月に園長を退任して、法人の理事長になりました。
園長をしていた1施設だけの運営なので、あまり変わらないところも多いのですが、子どもとの距離がさらに遠くなったと感じることは増えました。
先日も5歳児同士が話しているところを「それって、〜〜じゃないの?」と口をはさんだら、「全然、違うし」と言われたばかりです。
それだけ、その子のことがわからなくなっているということです。
でも、これは、理事長だけでなく、日頃からその子と関わっている保育者も「全然違うし」と言われることがあるでしょう。でも、それは悪いことではないです。
「じゃあ、どういうことなんだろう?」と考え続けることが大事なのです。
理事長はこの考え続けるプロセスを作れないから、「その子」のことがわからなくなり、より距離が開くのです。
最後に、私の名誉回復のため。
私は大学と保育実践の場の二拠点から「子ども」のことをわかろうと試みてます。
他の人とは違う視点で「子ども」の事を見ています。
「その子」(一人ひとりの子ども)のことはわかりにくくなりました。でも、「子ども」のことを俯瞰的に保育者とはまた違った視点からこれからも考えていきたいと思っています。












