2026.09.29
園の環境と保育が日々安定しているところで、遊びへの展開を作り出そう
園では保育者が子どもを支え、情緒としても安心できるようにして、そこから子どもがいろいろな活動へと挑戦していくようにしています。特に、特定の保育者との温かい応答的な関係が成り立つことと、それが安全基地となり、子どもの園の環境への挑戦を支え、そこにいつでも戻って安心を得て、また遊びに出るわけです。そういう子どもと保育者の関係の成立を含めて、子どもにとっての安心と安定へのもっと多くの仕組みを園として内蔵しています。
それは全体としての園の生活の安定性によります。そこでは脅されることも怒鳴りつけられることもほぼないのです。見知らぬ新奇のものは多いがおそらく危害を加えてくることはなさそうだと感じられます。次第に楽しそうな遊具があり、面白そうな活動を他の子どもがしていることが見えてきて、そこに参加していくことで、園の生活の多くが進むことも分かっていきます。昼になれば必ずご飯を食べられます。それが終わると(保育園なら)昼寝をできて、疲れても休めます(初めは緊張したとしても次第にほぐれるようになります)。園の生活がだいたい毎日似たようなもので、そこには似たようなものとして人もものも置かれているのであり、日々活動が変化するにしても要所要所の活動は同一であり、その間の変化するところもおおざっぱに言えば似たような活動です。しかも午後のある時間帯に来れば、必ず保護者が迎えにきて、家庭に戻れて、そこで夕食を食べ、団らんし、寝付いて一晩をゆったり過ごせると分かっていきます。
そのベースとなる生活の安定性はさらに細かく言うと、いくつかが特に顕著なところとなります。
何より園にいる人が安定しています。自分を受け持ってくれる一人あるいは数名の特定の保育者がそこにいてくれます。子どもが関わりや慰めや手助けを求めて寄っても無視されず怒られもせず、丁寧に温かく対応してくれることを感じるます。さらにそれ以外の保育者であっても、それに準じた温かい対応をしてくれます。
子どもたちについてはもう少し複雑でしょう。園に通い始めた子どもにとって同じクラスの子どもたちは何をするかよく分からない存在であるに違いありません。遊んでいる積み木をいきなり取り上げる(ように感じる)。面白そうとそばに寄ったら、くるなと言われたりします。でも、同時に温かく対応してくれて、一緒に遊ぼうと仲間に入れてくることもある。いろいろな子どもがいて、それぞれの子どもの応対もそれほどには一貫していません。でも、不安定ながら、次第に同じクラスの子どもたちだと互いに見知って、落ち着いた対応となり、応対や行動のだいたいの予想がついてきて、安定化の仕組みへと変わっていきます。
もう一つには、ものと活動の安定性と呼びましょう。園の部屋や庭に何が置かれているか、どの棚に何が置かれているか、それをどのように使うものなのか、どの場所には誰がいて、そこの場所で起こる主な活動は何か、などについて子どもは次第に分かっていきます。それを当てにして行動するようになります。そこには突然びっくりし怖くなるようなことは起こらないはずです。意外なことが起きてもそれは楽しいことになるのだと自信をもちます。どう扱えば良いか分からないものは、誰かがやっているのを見てそれを真似すればよいわけですし、大人である先生が聞けば教えてくれたり、手伝ったりしてくれるでしょう。
さらに日課がある程度がある程度安定しているものです。だいたい何時に皆が園にやってきて、いつ自分は園から帰るか。昼に給食があり、その後は昼寝が待っています。目が覚めればおやつの時間になります。午前中の活動は(実は園による違いが大きいが、その園なりには)一定の日課がだいたい決まっていて、そうでないときには先生が教えてくます。朝、園に来たら何をするか、帰りには何をするか、給食前や後には何をするかのルーティンも決まっていて、やれるようになていきます。
それらの安定性を元にして園の保育は展開して、そこに園の環境から誘発される遊びの活動が起こります。そこに加わり、幾人もの子どもが入り混じって遊びます。そこでの遊びの思いつきがどの程度できるかは、子どもの遊びについて、園としてどの程度に自主的な変更や工夫を認めるかの違いがあり、それも時間帯その他で変化します。また子どもがすることの行為の危険度等で制約も受けるでしょう。ですが、どの園でも一定の幅があり、その許容度が見えてくると、遊びの活動が安定していきます。この程度は思いついてやってもよいのだと見当がつきます。ですが、その安定はしばしば遊びの制限でもあるので、時に過度な制約にもなります。その融通の利かせ方が子どもの遊びの広げ工夫を引き出す際に重要になります。
そのあたりに安定性から挑戦への進展のルートが潜んでいます。子どもの活動が新たに生まれ、そこからの遊びの深まりの可能性が拓かれるかどうかを決めていくのです。子どもたちがその遊びを生みだし、さらに面白くしていく可能性がそこに成り立つのです。安定した日々の活動から遊びを通して子どもの発見や工夫が縦横になされる場が開かれます。












